『大輪』玉名ラーメンクオリティの象徴!完璧な一杯!
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どうもSimackyです。
とうとうこの日が来てしまいました。
うまかっちゃんに始まり、大好きなラーメンを語ってきたのですが、本日は私Simackyの地元である熊本県の玉名ラーメンをご紹介します。
その中でも一番好きな老舗である
大輪
(だいりん)
です。

九州にはうまいラーメン屋がたくさんあります。
私も地元だからって玉名ラーメンしか許さないというスタンスじゃありません。
博多ラーメンも大好きだし、熊本ラーメンも大好きだし、宮崎のトマトラーメンも大好きでしょうがないんですが、やはり学生の頃から食べ続けている味にはかないません。
私Simackyが自分の人生における究極の一杯を選べと言われたら間違いなくここのラーメンでしょうね。
大輪ラーメンとは?
大輪は玉名ラーメンの人気店舗です。
天琴・桃苑と合わせて
『玉名ラーメン御三家』
と呼ばれたり、天琴・桃苑・千龍と合わせて
『玉名ラーメン四天王』
と呼ばれることもあります。
玉名ラーメンの元祖である天琴で修行を積まれた方(弟さん?)が創業したのは、天琴の開業1957年から25年後の1982年。
四天王の中では一番後発のお店になります。
地理的には玉名ラーメンが密集している高瀬大橋近辺ではなく、そこから西にずっと離れた専大玉名高校の近くになります。
テリトリーとしては専大玉名や玉名工業の生徒たちのテリトリーなんですよね(笑)。
私は玉名高校だったのでラーメン屋では、博龍、天琴、千龍、桃苑、玉龍とかそっち方面ばっかり行っていました。
そっちのほうがゲーセンやらボーリングやらカラオケも充実してましたし。
で、ある時、クラスメートといつものように授業をサボって外出すると、
「simacky、大輪て知っとる?」
「大輪?知らんけど美味いの?」
「ばっかお前、玉名で一番美味いよ!」
「え?玉名で一番って博龍じゃないの?まあいいや。お前がそこまで推すなら行ってみよう」
と行ってみたのがきっかけ。
で、店内に入ってみると私達と同じように授業をバックレ組の専大玉名や玉名工業の学生たちも数人。
「なんだコイツら。学生のくせに授業サボって昼間っからラーメン屋とかいい身分してるな。どうせ弁当を早く食べすぎて昼に腹減ったんだだろ?食ったらさっさと学校戻れよ!」
と視線で威嚇する高校生の私。
いや、威嚇してるとこ悪いんだけど、
それまさにお前のことだから。
いくらなんでも1限目の休み時間に弁当食らうのはフライングしすぎだろ。
しかもお前、ラーメン食べたあと学校に戻る気なんて1ミリもないだろ。
「やっほー!simackyじゃん!」
で、その中に知り合いまでいるし(しっかり友達じゃねぇか)。
『類は友を呼ぶ』とはこのことです。
で、初めて食べるんですけど、これが衝撃的に美味かった、と。
「え?間違いなくこれまで食べてきた中で一番美味い!」
なんかね、もう、一瞬で分かるくらい完璧でした。
非の打ち所がない。
この世に究極のラーメンというものがあるとしたら、きっとこれだろう、と。
「こんな美味いラーメンを作る人は一体どんな人なんだ?」
とカウンターの中を覗いてみると、当時は先代大将。
まあこの人が超怖かったんですよ、
顔が。
なので私のアタマの中では
「ラーメン職人としての腕を極める」
ということと
「顔が怖くなる」
ということがイコールになっております。
そんな偏見が脳裏に焼き付いているので、まず初めてのラーメン屋に入って大将の顔が怖くなかったら
「おい、そんな顔でラーメン作るなんざぁ10年早ぇんじゃねぇか?」
とか思ってしまいます。
ってかお前の立ち位置なんなん?
大輪ラーメンの至極の一杯
どこも美味しい強豪ぞろいの玉名ラーメンにおいて大輪にはどんな特色があるか?
それは高校生の頃の私が感じたように
完成度の高さです。
その感想は今でもまったく変わりません。
まさに完璧なバランス
もうこれ以上は何も入れる必要もないし、不必要なものが何一つないというくらいの完成度。
スープの濃さ、ラードの量、麺の柔らかさ、チャーシューの自己主張、全てが丁度いい。
このバランスが大輪はいいんですよね。
もうちょいスープが濃ければしょっぱいし、もうちょい甘いと不自然だし、もうちょいラードが多ければベタベタしすぎるし、もうちょい麺がやわかったら締まらないし…。
あっさりし過ぎて途中で飽きて薬味に手が伸びるような平凡なラーメンとはわけが違います。
替え玉ありきの濃さで作ったがために、1杯目はしょっぱく感じるような凡ミスもしません。
最初の一口で「うめぇ!!!」って感動して、途中で飽きることもなく、
「もっと!もっと欲しい!吸えば吸うほど欲しくなる!」
ってずっと最後まで夢中になれます。
具材はチャーシュー、ネギ、きくらげ、のり。
それぞれの量も丁度いい。

そりゃネギやきくらげがもっと乗ってれば食いごたえはあるでしょうよ。
けれどもラーメンの味を損ないます。
チェーン店でよくありがちな「サービス精神多すぎてもやし乗せすぎ」みたいなのは好きじゃありません。
大輪のラーメンには「Too Much」なものは一つもないんですよ。
それを象徴するようにテーブルにはネギもゴマも紅生姜も辛子高菜も薬味関係は置いてありません(唯一コショウだけは置いてあるけど誰が使うんだ?)。
ああいうのって目の前にあるからつい入れてしまいがちだけど、
「入れることで本当にプラスに働いているか?」
と考えてみると、必ずしもそうじゃないと思うんですよね。
そもそもそれを入れたほうが美味しいのであれば、デフォルトで入ってるはずでしょ?
入ってないってことはそれらは必ずしも必要ないんですよ。
出てきたそのままのラーメンがその店の出した最終結論=完成形なわけだから、まずは何も入れないで食べるのが正しいのかもしれません。
無駄なものは思い切って省く『引き算の発想』ってやつを大輪に教えてもらいました。
ニンニクの注意点
ちなみに大輪では
「ニンニク入れますか」
と訊かれますので、入れることをおすすめします。
玉名ラーメンでニンニクをスプーン1杯入れてくれるのはいつものことなのですが、実はニンニクはお店によって全然違います。
普段から
「玉名ラーメンでニンニク断るとかありえない。入れてこそ玉名ラーメン」
と言ってはばからない私ですが、正直に申しますと『絶対入れたほうがいい店』と『絶対というわけでもない店』があります。
理由としてはニンニク(揚げ・煎り)のクオリティがピンからキリまであるし、そのお店のスープとの相性があるからです。
お店によっては
「うわっ!ここのニンニクあんまりおいしくないし、スープの旨さが台無しになったな!」
ってことが起きえます。
お店によってはフライパンでじっくり煎って、手間ひまかけて作っているところもありますが、お店によっては既製品を使っているところもあります。
この差はでかいですよ。
で、大輪のニンニクはというと、スープとの相性は抜群です。
結構強めに塩味が感じられるのが大輪のニンニクの特徴。
玉名のニンニクではここがピカイチですね。
粉末タイプではなく、粒タイプで、しかも玉名で一番粒が大きいです。
なので、ニンニクをガリッと噛んだ瞬間のパンチは相当なもの。
この瞬間が一番「ああ!大輪に来たぁ!」っていう実感が湧きます。
しかし、この大輪のニンニクは食べる際の流儀があります。

⇧こちらはスープを飲み干した時の画像。
見ていただくと分かるように、かけてもらったニンニクの半分以上くらい底に溜まってます(ひきわり納豆みたいな見た目のやつね)。
スープを普段飲み干したりしない人には分からないと思うのですが、実はこんなに沈んでるんですよ。
大輪のニンニクは粒が大きいから、このように沈んでしまいやすいんです。
ふりかけてもらったニンニクは序盤こそスープ表面に浮いてますが、あんまりかき混ぜるとこのように底に沈んでしまうので、沈まないようにまずは海苔やチャーシューの上に集めてください。
それを麺にちょっとずつ絡めながら食べてください。
ここ重要ですよ!
こうやって食べないとなんのためにニンニク入れたのか分からなくなるし、最後にスープを飲み干す時にまとめてかかってきやがるからエライことになりますよ(笑)。
大輪のメニュー
さて、大輪はメニューも色々ありません。
チャーハン、唐揚げ、麻婆豆腐などのラーメン屋にありがちな中華のサイドメニューはなし(あるのは『おつまみチャーシュー』だけ)。
トッピングが変わっただけの「〇〇ラーメン」がメニューにズラーっと並ぶのではなく、「ラーメン」「ピリ辛ラーメン」「味噌ラーメン」のたった3つしかありません。
まあ、それでも玉名では多いほうかも。
『ラーメン』『ラーメン大盛り』『チャーシュー麺』しかないところは玉名では珍しくありませんからね。
ちなみに以前、ピリ辛を頼んだことが一度だけあります。

辛いの大好きだし、美味いですよ。
辛さも激辛ラーメンのようなものとは違い、ちゃんとラーメンの味も残ります。
しかしそれでも、なんかもったいない、と思ってしまいます。
大輪に来たら大輪のあのスープを何にも邪魔されることなく堪能したい。
「毎日来てるからたまには違う味も食べたい」
っていうんならまだしも。
行列店なんで地元と言えども毎日行ったりはできませんからね。
味噌ラーメンを頼んだことは、ピリ辛と同様に以前1回だけあるのですが、う~む。
豚骨をベースにしているので、正確には『味噌豚骨ラーメン』ですね。
とんこつ同様、スープに透明感があって、あっさりしててすごく美味しいですよ。
普通のラーメンは美味しくても、とんこつ味噌になった途端、味がガクンと落ちるお店が多い中で、やはり大輪はさすがです。
味噌がもともとのスープの味の邪魔をしてませんね。
けどね…

もやしが多すぎなんですよね(「too muchはない」てさっき言ってたやん)。
横から見るとこれモンですよ?

丼に余裕がないから、麺を掘り返そうものならスープが溢れてこぼれます。
なにより、もやしと麺を混ぜようとするとニンニクが沈んでしまいます。
不本意ながら、こいつを片付けないと麺に進めません。
えええええぇぇ…。
私はラーメン食べる時に野菜がてんこ盛りになっていると、野菜食べてるうちに麺が伸びたり、スープが冷めるのが気になってしまう派。
っていうかもはや、ラーメンの前に立ち塞がった
『障壁』でしかない。
ラーメン食べようとしたらいきなり
「これ平らげるまでラーメン食べちゃだめよん♪」
って味付けも何もしてないもやしサラダを目の前にドンッと置かれた気分。
え?罰ゲーム?
いやいや、私がいつ
ガキ使の勝負で負けましたっけ?
このもやしが語りかけてきやがるんですよ。
「ほらほら、そんなにちんたら食べてたら、オマエの大事な愛しい愛しいこの麺ちゃんが伸び伸びになってしまいますよ?はっはっはっ、さらにスープは冷め冷めだぁ~♪」
「き、キサマァ~!キサマの血の色は何色だ~!!!!」
もはや悪役。
というわけで、なんかもう麺が伸びないか心配で、追い立てられるようにしてもやしを食べる羽目になるんですよね。
たまにしか来れない大輪で、ここの豚骨ラーメンを食べる機会を1回棒に振ってまで食べようとまではなりません。
仕事の合間にあの行列に毎回並ぶのは無理です。
偶然が重ならないと行けないので。
学生の頃は玉名ラーメンがこんなに認知度高くなかったから、パッと行ってパッと食べれたんですけど。
飲み干し注意!?あなたはこの魅惑に耐えきれるか?
玉名ラーメンはどこも美味しいけど、完っ璧なバランスの良さでちょっと大輪が抜いてるかな?
このスープのあと引く感じは悪魔的で、しっかりとした旨味の後からくる『甘み』がたまりません。
何をどうしたらこんなに美味しいスープができるのか、意味わかんないくらい美味しい。
私は健康のために何度となくスープは残して帰ろうと思うのですが、水を飲んで口がさっぱりすると
「あと一口だけ…」
と悪魔の囁きが聞こえ、最後まで飲み切ってしまいます。
「いけない!これ以上、深みにはまっちゃいけない!」
と思いながらも、自分を止めることが出来ません。
別名『悪女の魅惑ラーメン』と呼ばれる所以です(勝手に命名するな)。
病的なまでにスープに吸い寄せられてしまうんですよね。
なんという背徳感。
それから私は大食いなのでラーメン屋では基本的にご飯も頼みます。
しかし、この大輪のラーメンを頂く時だけはご飯も頼みません。
それほどこの完成度を邪魔されたくないんです。
人間ってのはお腹が一杯になりすぎると味の印象が悪くなります。
食べてる途中から味覚が鈍ってくるのが分かるんですよ、特にこの大輪のラーメンを食べていると。
なのでラーメン並盛一杯しか頼みません。
もやしにも、サイドメニューにも、満腹中枢にさえも邪魔されたくない。
この狂おしいまでの大輪愛を邪魔されたくない。
もう、「オマエだけしか見えない!」状態です。
きっと大輪に来るお客は私と似たような気持ちなのではないでしょうか?
大輪に来てるお客さんの目は
『嫁さん捨てて全力で愛人(悪女)に走ってるような目』
をしてますもんね。
おそるべし、悪女ラーメン…。
simacky…、お前いい加減にしないと
怒られるよ?
プロ意識の高さがピカイチ
また、いつ行ってもこの大輪がすごいと思うのは、
信頼感と安定感がすごい。
例えば他のラーメン屋ではたまにイラッとすることがあるんですよ。
「今日はスープ薄くね?」
「なんだよ、今日のチャーシューは。なんか切れ端みたいなのかき集めて入れやがって。」
「いや、この海苔はねぇだろ。なんで今日はこんなの入れた?」
とかね。
けど、大輪に限っては高校の頃からそういうことが一切ありません。
こういうことってお店が考える最低品質とお客が考える最低品質に開きがあるから起きるんだと思うんですよ。
「まあ、これくらいは許容範囲でしょ」
って感覚でお店がやっていることが、お客からしたら
「うわっ!信じらんねぇ!二度と来ねぇ!」
って受け取られるのは、お店の考える最低品質のラインが、お客の感覚より低いんだと思うんですよね。
そういうお店の意識の低さ高さっていうのは、ラーメン自体のクオリティだったり、衛生観念だったり、接客態度だったり、メニューの親切さだったり、まあ、お店の色んなところににじみ出るものです。
お客っていろんな場面を見てお店を判断してるんだと思います。
この大輪は、意識の高さがピカイチだと感じます。
妥協したような、客を舐めたラーメンなんざぁ出しません。
それはここのラーメンを食べたら分かります。
10年前?いやもうかなり経つかな?
大将が2代目に変わったんですけど、味が落ちたりすることが一切なかったのはすごいです。
お店が移転した時もそうでした。
それどころかラーメンの味はもっと美味しくなったようにさえ感じました。
引き継がれる『職人の魂』には感動さえ覚えますね。
え?2代目がどんな人かって?
顔が怖いに決まってるじゃないですか(実際は怖くありませんよ:笑)。
2025年玉名豪雨被害から完全復活
ここ玉名市では、2025年8月10日の集中豪雨にて歴史的な豪雨被害がありました。
大輪はこの時の豪雨でもっとも被害の大きいエリアに位置してます。
私も当日は近所の体育館に初めて避難したくらいの大雨でした。
あんなの初めての経験でしたよ。
最初は18時頃にスマホで「非難レベル3」が出たかと思うと、家族で避難するべきかどうか話し合って、ようやっと家を出たと思ったら車の中でレベル4へ。
到着するとすぐにレベル5(マックス)へ。
「もうここまでで1年分は降ったから、もうそろそろ弱まるでしょ」
っていうところからさらにどんどん強くなるんです。
それは誰も経験したことのないありえない体験でした。
「いや、これって日本列島が沈むのでは?」
って感じるくらい尋常じゃない雨が降りました。
”線状降水帯”ってやつは本当に恐ろしいです。
まさかニュースで見ていたあの浸水の光景を地元でリアルに見ることになるとは。
で、大輪が店を構える近くには、よく夏の豪雨の時に下流の方(滑石あたり)で氾濫警報が出る「境川」ってのが流れてます。
今回はあまりの豪雨のため、下流よりもかだいぶ上流にあたる大輪の近辺で氾濫したんです。
大輪はこの氾濫水をモロに喰らいました。
厨房は床上浸水で全部浸かりました。
当然、スープ釜もです。
伝統的な玉名ラーメンのお店は『呼び戻し製法』と言って、スープを使い切らずに翌日に引き継ぎ、継ぎ足し継ぎ足しで何十年もやってきているんですよ。
それが”味の指針”になるわけです。
今回の被害で、味の指針となる『引き継いだスープ』が失われてしまった。
これが玉名ラーメンのお店にとってどれだけ恐ろしいことか。
いいですか?
豚骨スープの味を安定させるのは至難の業なんです。
3分クッキングの料理みたいに「酒:小さじ1杯、醤油:大さじ2杯…」とかってやれば同じ味のものが出来るっていうのとはわけが違います。
「気温や湿度が変われば同じスープは出来ない」とまで言われるのが豚骨スープで、だからこそ味を安定させるために「呼び戻し製法」も生まれたわけです。
その『引き継いだスープ』がなくなるってことは、極論すると味を安定させることが出来ないってことなんです。
そもそも、ゼロからスープを作ったって、それが「間違いなく自分の店の味かどうか?」なんて確かめようがないわけですから。
『引き継いだスープが失われる』ということはそういうことです。
そうなると「この味が間違いないかどうか?」は己の舌で確かめるしかない。
これは至難の業ですよ。
常連客だって「昔の味はこんなだったな~」とか言っても、所詮、うすらぼやっとしたあいまいな記憶でしかないわけですよ。
ぶっちゃけ、自分の体調が変わればラーメンの味の感じ方だって変わるわけだし。
それなのに!
3ヶ月もお店を閉めていたのに!(8月10日から11月4日まで)
大輪は2026年2月末時点で、昔の味を取り戻しつつあります。
「先代から引き継いだスープに、先代から引き継いだやり方をただ考えもなしにたんたんと機械的にこなしていた」
という程度では再現不可能です。
毎日毎日、自分の味覚を頼りに、真剣に自己のスープと向き合い、試行錯誤の日々を送って来た人だからこそ再現できたんだと思います。
今回の豪雨被害は、2代目大将にとって、”代替わりして自分がやってきたこと”の真価が問われる非常にシリアスな場面だったのではないでしょうか?
もちろん、もとの味を再現するなんて容易じゃありませんよ。
苦労したんだろうな~。
11月に再開した途端、昼のお客の行列はあの人気ナンバーワンの千龍を凌いでいました。
みんな大輪を待ってたんです。
私も昼休憩に何回行っても入れなくて諦めたな~。
「だったら夕方だ!」
と、17時前に駐車場について待っていると
「すみません。昼の部で1日分の仕込みが売り切れたんで夜の部ができません!」
って言われたこともあるくらいです(笑)。
いや、どんだけ?
運よく行けた知人からは
「ちょっとクリーミーになったかな?」
とか聞いてました。
最近になって夕方17時を狙っていくようになってやっと食べれたのが2月に入ってから。
その時のスープの味は、確かに知人に聞いていた通りクリーミーになってましたね。
福岡とかの泡系豚骨スープっぽいというか、確かにこれはこれで美味いんだけど
「大輪のもともとの味か?」
と聞かれれば「ノー」と答えざるを得ない味でしたね。
「え?俺の魂をいつも震わせてくれていた、まさしくソウルフードと呼べる大輪の味が…もう二度と味わえないの!?」
みたいな。
もう、この時の喪失感たるやありませんでしたぜ。
大輪の味なんて私にとっては”国宝”と変わりません。
『それがあるから誇らしく思える』
っていうものが失われるような感覚。
阪神タイガースがなくなった後の関西人のような、広島カープがなくなった後の広島県民のような…いや、セリエA(サッカープロリーグ)が廃止になった時のイタリア人のような気分と言えば伝わりますかね?
廃人になる一歩手前です。
ショックのあまり本家(天琴)に通いまくりました。
「ああ~、もはや玉名ラーメン最後の牙城は天琴だけだ。あんただけはいつまで経っても絶対にブレない…」
ってノスタルジーに浸ってました(笑)。
けどね、天琴のラーメンは天琴の感動。
それは大輪の感動とは違うんだと思いましたね。
いくら本家と分家の関係とはいえ、30年も経てば独自の道を歩んでいるんだと。
唯一無二の個性を確立しているんだな、と。
大輪の感動は他で代替えできるものではなかったんです。
どんなに「ワンピース」が面白くても、「JOJO」の面白さは「JOJO」でしか味わえないように。
天琴の野趣あふれる味わいも感動するけれども、大輪の完璧に整った味わいは別の感動なんです。
で、そう感じたから今週も仕事終わりに2回行ったんですよ。
そしたらね?
完全復活にもう少しのところまで来ている手応えを感じました。
味に関しては申し分ない。
もうあの福岡の泡系ラーメンを彷彿とさせるようなクリーミーさに違和感を感じることもないです。
何がダメとか、そういうことは一切ない。
アホみたいに美味いです。
違いを強いて言えば、スープの見た目の透明感がかつてのものほどではないかな、ぐらい。
ここまでくると味の解説で具体的に説明することは不可能です。
ただ、
全盛期の大輪の味は全てが完璧だった
ということをお伝えしたいです。
食べた瞬間、全てが完璧で、他のラーメンとは次元が違う凄みを感じました。
それこそ口に含んだ瞬間、一口目で感動レベルの違いがありありと分かるほどのものです。
ラーメン食べた瞬間、こうなったことってありますか?↓

甘利田(あまりだ)先生のガッツポーズ(ドラマ「おいしい給食」より)
「イエーーーーーッス!!!!YESYESYESッ!!!」
みたいな(笑)。
もうね、ごはんとか餃子とか、チャーハンとか、唐揚げとか、大盛りも替え玉もいらない。
コスパが良いとか悪いとか、価格のこともどうでもよくなる。
お腹一杯になれたかどうかさえ、どうでもいい。
そんなものはラーメンの味以外の付加価値・援護射撃でしかない。
それらがないと満足感が高まらないラーメンなんかとは、もう次元が違う。
この1杯だけでいい。
ただ純粋なラーメン1杯の満足度だけで、「帰り道どうやって帰ったのか?」の記憶が吹っ飛ぶほどの恍惚感。
例えるならば、史上最高の刀匠が磨きに磨き上げた日本刀のように研ぎ澄まされて、触れれば切れるほどの完璧さ。
それが往年の大輪のラーメンです。
私が人生史上最高の一杯に選ぶ国宝級のラーメンが大輪の一杯なんです。
復活後の大輪ラーメンは、その感動までにはあとちょい至っていないかな、っていうだけです。
それでは、その『あとちょい』って何なのか?
それを自分なりに考えて、ある結論に達しました。
それが呼び戻し製法で40年以上ずっと受け継がれてきた『味の歴史』の重みなんだと思います。
『味の伝統』と言い換えても良いですね。
今回の豪雨被害によって、積み重ねてきた『味の歴史』がリセットされたわけです。
スープに関してのみ言うならば、まだ『歴史4ヶ月の味』ってことですよ(再開してからの期間)。
改めて、失われてしまったものの大きさに愕然とします。
けれども、それは言い方を変えれば、これから日を重ねるごとに美味くなっていくってことでもあります。
そして大輪ならば、いずれまたその境地に達してくれることと確信してます。
私はこれからも大輪の復活を追い続けますよ(笑)。
本日は私の地元で大好きな大輪ラーメンを語ってきました。
最高っす。
是非とも熊本県に来た時は『大輪ラーメン』立ち寄ってみてください。
来れない人には⇩にお土産用のリンクを張っておきますので家で作ってみてください。
Simackyでした。
それではまた!


大輪のスープ綺麗だから好きなんですよ〜🤗
コメントありがとうございます!
大輪ファンの方に出会えて嬉しいです。
そのうち大輪でお会いしましょう(笑)