【ジョジョ2部解説】波紋バトルが面白い理由を教えましょう!
本記事はプロモーションを含みます。
第2部は『波紋バトル』だからおもしくない?逆です。
どうもSimackyです。
本日はジョジョの奇妙な冒険第2部の解説をやっていきます。
私が推しまくっているのに、近年の評価があまりよろしくない2部。
まあ、好き好きなので全然構いませんけどね(笑)。
別段、「あんたら分かってないよ!」と上段から説教をかますつもりは毛頭ありませんからね。
ただ、JOJOシリーズ全8部のうち1,2部だけが『波紋』というあまり『華』のない特殊能力のために地味な印象を持たれがちというか。
3部が『スタンド』という日本漫画史上における『世紀の大発明』のためにインパクトが有りすぎて、その前を忘れられる傾向にあるだけなんですが。
世間一般的には『JOJO=スタンド』の認識だと思うので、1,2部がスタンドではない時点で「ブレイク前のあんまりおもしろくない時期」みたいな印象なのかな?
「1,2部だけは読んでない」という声を結構耳にするもので。
しかし、だからこそ私は声を大にして伝えたい。
「波紋だからおもしろいのだ!!!」と。
スタンドバトルではスタンド能力にフォーカスされることが多いのですが、波紋バトルでは吸血鬼や石仮面にまつわる『因縁』『血筋』にフォーカスされる分、
ヒューマンドラマ色が非常に濃いのですよ。
というわけで、Simackyの全力プレゼンで2部の魅力を余すこと無くお伝えしますので、失禁しないように注意してくださいね。
私のブログを読めば、2部の魅力をあなたの周囲に撒き散らすことに成功するでしょう!
そして今回も念の為最初にお断りしておきますが、このブログはかつてJOJOを読んだことがある人のハートに火を付けるために書いているため、多分にネタバレを含みます。
JOJO未経験者の方はここでお引き取りくださいませ。
それでは張り切っていってみましょう!
ようこそJOJO2部の世界へ!
『ジョセフ』見参!大胆不敵なヒーロー像
前回のジョジョ第1部解説記事において、実は今では当たり前の「部の切り替わり」がリアルタイムの少年にいかに衝撃的だったかをお伝えしました⇩。
【ジョジョ第1部解説】荒木飛呂彦は何が『偉大』なのか?~ジャンプ全盛期の中で登場したJOJOの衝撃!~
「え!1つの漫画で主人公変わることってあるんだ!」
「いきなり時代が50年も経ってるの?登場人物は総入れ替え?」
「イギリスじゃなくてアメリカ?なんで?」
小学3年生のリトルSimackyは大混乱です。
この漫画がどこに向かっているのかまったく想像も付かず、不安になりました。
でも心配いりません。
なぜなら二代目主人公はジョセフ・ジョースターだからです。
さあ、いよいよ出てきました真打ち登場!
この後4部まで登場することになるシリーズ屈指の人気主人公。
3部の主人公・承太郎の祖父であり、4部の主人公・仗助の父親であり、
6部の主人公・徐倫の曽祖父でもあることを考えるとジョースター一族の家系にとってまさに最重要とも言えるキャラでしょう。
なにしろこれ以降のJOJOの主役の『あり方』を決定づけたお人です。
まともなのは1部だけ。
後はヤンキーとかギャングとか犯罪者とかばっかりですからね。
ジョナサンは貴族でジェントルマンだったのに。
故・ジョージ・ジョースターの精神はどこへやら。
ただし、このジョセフ・ジョースター、そんじょそこらのやわな主人公とはわけが違います。
鼻糞ほじってる警官殴って鼻の穴を突き破り、もう一人の警官の指はコーラ瓶のフタ飛ばして骨折させるという、のっけから国家権力に喧嘩売ることを屁とも思わない破天荒さを見せます。
挙げ句全力ダッシュで逃げ出します。
冒頭数ページでもうこれですよ。
ジョナサンとは全く違う破天荒で陽気なヒーロー像は、これまで暗雲が常に立ち込めるJOJOの暗いイメージを払拭してくれたどころか、まだストーリーがどこへ向かうかわからない混乱した読者にとっても、道を明るく照らす灯台の光のような存在に感じたものです。
2部って最初から最後までこのジョセフの明るさに救われるんですよね。
1部のジョナサンは常に悲しさを引きずっているんですよ。
愛犬ダニーに始まり、父親、ツェペリを次々と殺されて、紳士としてはあるまじき精神だとは分かっていても、やはりディオを恨まずにはいられないっていう葛藤があります。
もう無邪気には笑えない苦しみがあるのですよ。
だからストーリーもどこか暗さがある。
悲壮感が漂っている。
でもこのジョセフにはそれがまったくありません。
基本的に陽気ではあるのですが、非常に好戦的で度胸の座った性格が目ににじみ出ています。
この自己肯定感はある意味1部のディオのようにさえ感じてしまう部分がなきにしもあらずです。
この比較でも分かるように
『ストーリーの雰囲気を決める要素として主人公のキャラクター性は非常に大きい』
ということに気付かされます。
2部は吸血鬼どころかそれを食事にする上位生命体である『柱の男たち』が出てくるんですよ?
それがサンタナ1体でもやばいのに3体もご登場なさるんです。
力の差は歴然です。
シュトロハイムではないですが「この世の終わりだ!」っていう絶望的な状況のはずなんですよ?
なのにこのジョセフはそんなこと微塵も感じさせない。
自分に波紋を教えた師範代が目の前で殺されても、怯むことなく真正面から向かっていきます。
シーザーを殺した相手である仇敵ワムウとの決闘にしても、例の「不敵な目つき」で戦うのです。
『恨みつらみを戦闘に持ち込まない』ところがこのジョセフの最大の特徴で、
そんな性格のため、いつでもストーリーがカラッと晴れやかなんですよ。
1部みたいにドロドロしないんです。
そしてどんな絶体絶命の状況でも、そんなジョセフの『不敵な目』を見て読者は
『JOJOなら何かやってくれる』
という期待に心踊らせるんです。
さらに高度になった頭脳戦・心理戦
こんな不敵な主人公・ジョセフなので、バトルも当然ジョナサンの時とはガラリと変わったものになります。
3部以降はスタンドの能力が違うことで戦い方のバリエーションに幅をもたせていますが、
この2部は『波紋』という能力が全く1部と同じなので、
その分、主人公の特性や性格で戦い方に変化をつけているんですね。
ジョセフは人を騙すマジックのテクニックが大好きだったり、
エリナおばあちゃんに教わった孫子の兵法書を覚えていたりといった『個性』を総動員して戦います。
その戦い方も相手の心理の盲点をつくようなトリックだったり、
次の一手を読んでその上をいってみたりと、
『読者をあっと驚かせる』意外性に満ちています。
敵に対しての『騙し』は読者に対しての『騙し』にもなっているんですね。
戦闘のたびに
「おいおいJOJO、それは一体何の目的があってやっているんだ?おかしくなったのか?」
と思わせてからの種明かしで、毎回 「なーるほど!やられた!」ってなる快感がたまりません。
第2部の魅力の『伝え方』を解説
数奇な運命、悲劇的なストーリー、強烈なるライバル、
石仮面・吸血鬼・波紋といった『基本ルール』、
各部完結型の驚きの構成などなど、
何かと斬新で話題性の多かったインパクトの強い第1部。
JOJOを他の漫画と差別化する斬新な要素が出尽くした後で、
それでは第2部では何が新しい要素なのか?
まだ2部を未読の人に
「2部ってどんなの?」
って聞かれても、これが非常に難しい。
『柱の男』それは決して使ってはいけないNGワード
ワタシ的にも世間一般的にも一言で言い表せる『キラーフレーズ』がまだ見つかっていないというか。
そのことが第2部人気が口コミで広がりにくい原因のように感じます。
JOJO好きとしてこういう経験ありませんか?
「2部読んだことないんだけどどんな感じなの?」と聞かれ
「柱の男が出てくるんだよ。吸血鬼よりもっと強い奴ら」と説明すると
「柱の男ねぇ、、、、ふーん。で?なにそれ?」みたいな。
全然ピンときてなさそうな反応をされます。
「いやだからー、めちゃめちゃ強くてすごいんだって!」
とどんなに力説しても伝わりません。
なぜなら相手の頭の中はこんなイメージになっているからです。
こんな『びっくりどっきりメカ』みたいなものを想像されてしまっては、
どんなにあなたのプレゼンが神がかっていてもこれを覆すのはほぼ不可能です。
彼の頭には何も入っていかないでしょう。
『柱の男』を口にした時点であなたの『負け』は確定しているのです。
『柱の男』はキラーフレーズどころか、もはや『NGワード』なのです。
つまり『柱の男』という言葉を使わないで、分かりやすく魅力的なプレゼンをしなければならないのです。
なので今日はそんな過去の失敗にリベンジする意味でも、
その伝えづらい魅力を深堀りして見つけていこうと思います。
画力がすごい~大コマでのど迫力の描写~
まず、その『絵』ですよ。
漫画の個性をかなりの部分左右する『絵』がものすごくグレードアップしてかっこよくなっている。
ただこれも残念ながら「1部とはタッチがガラッと変わった」という方向性の変化ではなく、あくまで『洗練』なんですよ。
1部だってかっこよかったわけですから。
マッチョでマルタのように太い手足だった1部に比べ、
2部は筋肉質なんだけど細身でスタイリッシュになった。
そしてミケランジェロのダビデ像のようなプロポーションで非常にアクロバティックな動きをします。
もう筋肉マニアが狂気する美しい筋肉乱舞を惜しげもなく披露されます。
もう『筋肉の筋肉による筋肉のための祭典』そう『マッスルカーニバル』状態です。
これは『自分の身体を使って戦う』波紋使いvs柱の男というバトルならではの躍動感であり、
3部以降にスタンドを使って戦うようになってからは残念ながら見ることがなくなった特徴でもあります。
そしてそういう戦い方になることで、必然的にコマ割りが大きなものになり、
非常に迫力のあるダイナミックな視覚的インパクトをもたらします。
また戦闘シーンのみではなく、『表情』をアップで描くことが実は非常に多い2部。
さらに荒木先生独特のセンスが加わることにより破壊力は抜群です。
またドアップになると『眼力』でより感情を表現でき、
ヒリヒリとした緊張感がより伝わってきます。
こういうコマ割りは本当に大好きだったんですが、
3部以降はかなり少なくなります。
こうしたドアップの描写や大コマでのダイナミックなアクションは3~5部で減った印象があるのですが、
6部からまた少しずつ見られ始め、完全復活するのが7部ですね。
6部はスタンドがあるにも関わらず、徐倫本人の肉体で攻撃したり、
攻撃を受けて腕や足を吹っ飛ばされたりといったフィジカルな印象が非常に強いのは、
この2部への原点回帰を狙ったのかととも思いました。
尋常ではないその”色気”
そして最後の決め手が『色気』です。
最近見た荒木飛呂彦先生のインタビューで
「絵で一番こだわっているところは?」
と聞かれた際に、まったくためらうことなく即答で
「唇ですね」
と答えていました。
これを聞いたときに
『どうして2部の登場キャラにはセクシーで妖しい色気を感じていたのか?』
に合点がいきました。
そう、あの独特の色気はこの2部から始まっており、
そしてその秘密は唇の描き方にあったのですね。
ここでポイントなのはスージーQやリサリサといった女性キャラよりも
柱の男などの男性キャラのほうが何故か気合い入れて書かれている点です(笑)。
唇の描き方に関しては3部以降も特徴的ではあるのですが、
やはりそのセクシー唇を思う存分見れるのはこの2部でしょう。
伝説の『JOJO立ち』全開
さらに!
私はある驚きの事実に気づきました。
『ポージング』が2部から始まっていることに。
そう、JOJOにおけるポージングとはすなわち
『JOJO立ち』です。
確かに1部の時から意識してか無意識か、姿勢や体勢が変なことはありました。
しかし、この2部からは素人でもそれと分かるほど意識的に『ポージング』をさせてます。
これ荒木先生が言うには『歌舞伎の見栄を切る』ってやつを参考にしていたらしいです。
歌舞伎は誰でも見たことはあってもそれを漫画に取り入れようなんて思う発想は普通ないと思うんですが、
これが荒木飛呂彦先生たるゆえんなのでしょう。
つまり先生のデッサンがっ狂って偶然変に書いちゃったってことじゃなくて、
『感情をポージングで表現』しようという誰もやったことのない試みなんですね。
荒木先生は他にもルーブル美術館の『瀕死の奴隷』というミケランジェロの作品からも影響を受けていると言ってますし、
キャラが着ている服もブランドのファッションから取り入れたりしています。
まさにアーティスティックなものが渾然一体となったものがこの『JOJO立ち』なんですね。
『JOJO立ち』は一日にしてならずです。
魅力の伝え方 まとめ
それにしてもこうしてカラーになった2部の絵を並べてみても、
あらためて2部のド迫力の絵には圧倒されますね。
さあ、JOJO2部の魅力の伝え方を一つ一つ分析して紐解いてきました。
ここまでであらかた『アピールポイント』が見えてきたのではないでしょうか?
それでは一旦ここまでの『アピールポイント』をまとめますね。
●キャラに独特の色気があること
●JOJOシリーズきっての『JOJO立ち』が拝めること
●迫力のあるかっこいい絵
●筋肉美が堪能できる
『独特の色気』に関してはこの2部以降はわりと『唇セクシー状態』なので1部に比べての特徴でしかなく、
3部以降しか読んでいない人には少し弱いかも知れません。
『シリーズきってのJOJO立ちが拝めること』に関しては
まだJOJOを一切読んだことがない人には非常に有効でしょう。
なぜなら、JOJO未読者たちは日常生活で『JOJO会話』に遭遇してしまった際、
かなり『置いてけぼり』を喰らっているからです。
きっとこれまでの人生で
「ああ、『JOJO立ち』が分かればもうちょっとJOJO通っぽくJOJO会話にも参加できるのにな」
と思うことが何度となくあったことでしょう。
悔しくて枕を濡らした夜もあったに違いありません。
ですからそんな人には耳元で悪魔の囁きをしてあげてください。
「2部さえ読んでおきゃJOJO立ちはマスターできるよ」と。
『迫力のあるかっこいい絵』に関しては
「とにかくかっこいいから見てみてよ」
というシンプルな伝え方はかなり効果的でしょうね。
「にらみ合いとかに迫力と緊迫感があってたまんないんだよ」
とかもすごく良い伝え方だと思います。
『筋肉美が堪能できる』に関しては2部のハイライトというか、一番のアピールポイントじゃないですかね。
大きなコマ割りで惜しげもなく曝されぶつかり合う筋肉と筋肉。
めくるめくマッスルカーニバルは最大のアピールポイ、、ン、、、ん?
って待て、Simacky。
3つ目まではいいけど最後の1つがなんかおかしい。
一旦頭を冷やすんだ、俺。
あまりにも見事な筋肉画像を見すぎて筋肉リテラシーが上がり過ぎちゃいないか?
1980年代後半のバブル景気に浮かれる日本人達のように、『筋肉バブル』に浮かれすぎちゃいないか?
冷静になって考えてみるんだ。
『筋肉美が堪能できること』は”断じて”アピールポインではない。
いけませんね、私としたことが。
つい軽はずみに『筋肉プレゼン』をやってしまいました。
申し訳ありません。
皆さんくれぐれも
『とにかく筋肉が美しくて筋肉祭りなんだよ!』
なんて口が裂けても言っては駄目です。
あなたが熱っぽく語れば語るほど相手はドン引きしていきます。
逆にそれで「マジで!?読む読む!」なんて言う人とは、
お友達としての距離を見直されたほうが良いかと思います。
そこに食いついてくる人はかなり特殊です。
まあ、あなたとお友達が『筋肉マニア』で繋がっている関係ならもはや私から言うことは何もありませんが。
はい、ここまで客観的な分析にもとずくJOJO2部の魅力の伝え方を紹介してきました。
JOJO第2部は”泣ける”
私が小学校の3年~4年にジャンプ誌上において第2部が掲載され、
そこからは約3年に及ぶ第3部の黄金期へと入っていくのですが、
最大の知名度と人気を誇る第3部が始まってもなお、
「第2部が一番面白い」という声が実は根強かったんですよ、当時は。
私の周りでは「3部はおもしろいけど、2部の時みたいに泣いたりすることはなくなったよね」っていう話をしていたことを、
今回このブログを書き上げた後になって思い出しました。
「みんな結構泣いたんだろうな-」と思います。
こうして改めて2部を総決算してみて思うのはまさにそこです。
掲載期間は1年と数ヶ月、コミックでは7,8冊分とJOJOの歴史から見ると非常に短い期間だったのですが、驚くほどの密度の濃さ。
名場面を挙げればキリがなく、好きなキャラも全然書き足りないくらいです。
今回は2部のおすすめポイントとして色んな角度から紐解いてきたのですが、
この作品を評するキラーフレーズにやっと確信が持てました。
『2部はドラマティックでとにかく泣ける』
スタンド能力がない分、ルーツやポリシーといった『人間味』とストーリーがフォーカスされ、
色んな思いを抱いた登場人物たちが数奇な運命に巻き込まれていくというストーリーは、読者をグイグイ引き込んでいきます。
その緊張の糸が最初から最後まで一度として切れることがない。
その集中力たるやシリーズの中で最高といってもいいでしょう。
登場人物がより深く描かれることで読者の感情移入もより深いものとなり、
読んでいてキャラの気持ちが痛いくらいよく分かる、という現象を生み出しています。
この2部は誇張ではなく私の中で最高の輝きを放つ作品です。
この後、JOJOは3部でシリーズ最大の人気を誇るカリスマ主人公・承太郎と、
これまたシリーズ最強であり、大人気ラスボス・ディオとの激突に入っていきます。
世紀の大発明『スタンド』をひっさげ、笑いあり、ウキウキワクワクあり、
手に汗握る心理戦あり、強烈なかっこよさありというまさに荒木ワールド全開の全盛期が展開されます。
アーティストで言うところのモンスターアルバムのリリースのような状態ですね。
これまでアンダーグラウンドのヒーローだったJOJOがメジャーで急速に信者を拡大していく現象が起こります。
しかしいつの時代もアーティストのブレイクの一作前が、
実は『隠れた名盤』であることは、音楽フリークの方なればご理解いただけるかと思います。
このブログをきっかけに多くのJOJOファンが2部の魅力を拡散していってくれることを願って終わりにします。
それではまた!