「メタル・ジャスティス(アンド・ジャスティス・フォー・オール)」メタリカ~音に癖があるが慣れてくるとその先にある美しさに魅了される~
Simacky(シマッキー)です。
本日はメタリカのアルバム『アンド・ジャスティス・フォー・オール』を私なりに語っていきます。
「その後作品を出すたびに物議をかもすメタリカにおける最初の問題作品」と言えるでしょう。
しかし、これがまたいいんですよ。
このシリーズでいつかは語りたかった。
『問題作』と呼ばれた作品は何が『問題作』なのか?
私がこのアルバムを推すのはどうしてか?
いつものようにがっつりプレゼンしていきますからね。
メタル業界が食らった『肩透かし』~一体何が起きた!?~
メタリカは3rdアルバム『マスター・オブ・パペッツ』で、自分たちが信じて突き進んできた音楽性で商業的な成功までをも手にし、
名実ともにメタル界の旗手としての地位を手にします。
メタルファンを唸らせ、狂喜させてくれるであろう、最高の作品をファンのみならず世界中の同業者達でさえもが待望する中で、
ついに発表されたこの「アンド・ジャスティス・フォー・オール」は、誰も予想だにしなかった『肩透かし』を喰らわせます。
なんと、低音部分がスッカスカ、ベースの音も聞こえず、ドラムの音にいたっては
「安物のリズムマシンですらもうちょっといいのでは?」
とさえ感じるほどの音質。
なんて表現したら良いのかな?
音が2次元的で奥行きが感じられないというか。
前作とプロデューサーは同じはずなのに何でこんななった?
色々な原因はあると思いますが、まず大きな要因として挙げられているのが、
①前任ベーシストのクリフ・バートンがサウンドプロデュース力に長けており、彼の抜けた穴が大きかったという理由
いや、それはエンジニアが解決するべき問題じゃないのかな?
そこまでクリフにおんぶしてたらエンジニアは給料泥棒なのでは?と思うんですが(笑)。
他にもよく言われているのは
②クリフ・バートンから交代したジェイソン・ニューステッドに対するイジメ
クリフの死を受け入れることができないメンバーたちがジェイソンに八つ当たりし、ジェイソンのテイクを全部使わずにジェイムズの弾いたテイクを採用した、とのこと。
この話も「本当かな?」って思います。
仮にも100万枚セールスが期待されるプロのアーティストが、この大事な時期にそんな個人的感情丸出しで行動しないと思います。
それに仮にそうだったとしても
ラーズ、ドラムのあんたは言い訳できねーだろ(笑)
このドラムの音の酷さは罰金モノです。
しかし!
そんな音質的にものすごく『クセの強い』アルバムであるにも関わらず、#4『ONE』はなんとグラミー賞を受賞してしまいます。
一体どういうことなんでしょう?
それがこのアルバムの真の魅力なのです。
複雑化・大作主義を進めすぎた結果
この時期のメタリカは、前作『マスター・オブ・パペッツ』でスラッシュメタルの完成形を提示し、このスタイルでの音楽性としてはやり尽くした感があったのだと思います。
で、悩んだと思うんですよ。
この方向性をさらに進化させることが果たしてできるのか?
ファンからのヒンシュクを覚悟でまったく違う方向性に向かうか?
彼らは前者の可能性を選択したんだと思います。
これまでの作品でもトリッキーなリズムチェンジが随所に見え隠れはしていましたが、今作ではそれがもっと全面的に出てきてます。
技術的にはかなり高度なプレイをしています。
同じスラッシュメタルビッグ4と呼ばれるメガデスも、より高度な『インテレクチュアルメタル』を謳い文句にしていましたが、
彼らでもこれほどマニアックなリズムチェンジや変速リフはしていませんでしたから。
その後、ドリームシアターが開拓するいわゆる『プログレッシブメタル』のプロトタイプとでも呼べるものがここにはあります。
メタルを更に進化させている部分は大きいので、同業者のミュージシャンにはわりと好意的に受け取られたんじゃないかな?
ただ、これって楽器を演奏するプレイヤーからすると
「よくこんな複雑なリフ弾けるよな」
とはなりますが、リスナーとしてはいまいちノリにくい。
そもそも音が受け付けていないので、このトリッキーすぎるリフとリズムチェンジで正直疲れました。
それに加え、大作主義で長い曲が多いため、あまり聴き込まず挫折する人もかなり多かったのではないでしょうか?
かく言う高校生時代の私がそうで、このアルバムのことを大学になるまで遠ざけていました。
結構聴き込んだのですが、だんだん聴くのが苦痛になってきたんですよね。
ちなみに私はメタリカとの出会いがこのアルバムなのですが、他のアルバムが素晴らしすぎてこのアルバムはそのうち「なかったこと」になってました(笑)。
当時は情報も少なく、このサウンド作りは当然狙ってやったものと思っていますから(まさかプロともあろう方たちがやらかしちゃったとは思いませんんから)、
なんていうか、『あえてギターとドラムだけで表現する前衛音楽』みたいな感じに受け止めていたんですよ。
「俺にはまだ難しすぎてよく分からん」
そんな状況だった私がどうしてこのアルバムをまた聴き始めたのか?
それがこのアルバムの真の魅力なのです(2回目)!!
『音の抵抗』を越えた先に見えたもの
ここまで書くとこの作品が大好きな人からそろそろ苦情が来ると思うんですが(笑)。
当然のことながら素晴らしい作品と思っているからこうして記事にするわけですよ。
実はこのアルバムから離れていた期間にこんなことがありました。
ある時、頭の中でなかなかいいメロディが流れ出して
「あれ、なんかこのメロディめっちゃいいな。なんの曲だったっけ?」
そうして思い返すと
「あ、このアルバムか!すげー良いメロディじゃん!」
で、再度聞き出すと、
「うーん、、、、やっぱこのアルバムは音がね、、、、」
と、途中で聴くのを断念する。
こんなことが何度となくありました。
そして気がつくとこのアルバムを他のアルバム同様好きになっていたんですね(笑)。
音楽っていうのはその時は好きになれなくても、自分の中で熟成されるというか、
寝かせておくと自分の感性が変わった時にピタッとマッチする時が来るものなんです。
すごく好きなバンドの新作が全く理解できなくて、でも理解したくてかなり聴き込んだっていう経験をしたことがある人は少なくないのでは?
そしてわりと時が経って好きになることってあると思うんですよ。
私にとってはその初めての経験がこのアルバムで、その後、『LOAD』『St.ANGER』『デス・マグネティック』『ハードワイアード~』と
苦行が毎回続くことになるのですが(笑)。
『音に対する抵抗があまりなくなった』ことが大きいですね。
大学に入り’70年代の古い音楽を聴き漁ったのが実は大きくて、レッド・ツェッペリン、ブラック・サバス、キッス、エアロスミスなどの音楽には相当、鍛えられました(笑)。
最初は「なんでこれが名盤って言われるんだ?音ショボっ!」みたいな。
「でも大好きなバンドがリスペクトしてるから好きになりたいよな。我慢我慢」みたいな。
これらの『音質の壁』を突破した時に、自然とこの『アンド・ジャスティス~』も抵抗がなくなったというか。
そうして聴いてみるとこのアルバムの様々な良さが見えてきたんですね。
考えてみると、自分でも今では当たり前に’50~’60年代の音楽とか聴くんですが、サウンドがチープとか言ってたら聴けませんもんね。
音楽の本質ってやっぱりメロディにあるんじゃないかな?
聴いていると病みつきになってくるマニアックなリフ
このアルバムには特に1~2ndまでにはあったキャッチーさがあまりなく、ダークで陰鬱とした雰囲気がずっと好きになれなかったんですね。
けれども、ずっと聴いていると何故かこの暗さが好きになってきます。
低音部分がこれだけペラペラで奥行きのないサウンドなのに、ここまで惹きつけるリフのセンスは流石リフマスターです。
どれもこれもかっこよくて病みつきになります。
私ドラマーなんですが、ギタリストとしてはこのアルバムのリフが一番コピーしたかな。
圧巻なのは非常にベタなのですが、やっぱり#4『ONE』での曲がどんどん激しく展開するなかでのドラムとのユニゾン部分ですね(5:30~)。
ライブビデオでも鳥肌が立つ場面です。
それから#7『THE FRAYED ENDS OF SANITY」でのギターユニゾンが終わった後のリフ(4:00~)。
スピード感とこのキレ。
天才です。
ジェームズの吐き捨てるようなヴォーカル
音質は悪いとは言え、ジェームズのシャウトヴォーカルはこの時期が実は全盛期なのではないかと思えるほどかっこいい。
『ブラック・アルバム』では“歌うジェームズ“が出始め、
『LOAD』『RELOAD』期では“妙な垢抜け方をしたジェームズ“へと変貌を遂げていくのですが、
このアルバムでのヴォーカルは一番“無慈悲“で“冷徹“。
そのヴォーカルスタイルが、まるで前衛音楽のような独特のサウンドにマッチし、かなり特殊な世界観が作られることになってます。
緊迫感、悲壮感、焦燥感、喪失感、、、めくるめく負の感情の連鎖、そしてそれが続くからこそ、たまに来る美しい旋律に救いを見出す、、、この世界観の完成度の高さは特筆すべきものがあります。
個人的に一番好きなヴォーカルは#5「THE SHORTEST STRAW」のビートに乗せた叩きつけるようなシャウト(5:30~)。
ジェイムズ節が炸裂しています。
ギターの泣きメロディ
低音の厚みに問題があるこのアルバムですが、リードギターであるカーク・ハメットはその被害をあまり被らずに済んだようですね。
このアルバムは随所でギターソロが冴えわたる冴えわたる。
水を得た魚のようなカーク。
カークって初代ギターだったメガデスのデイブ・ムステインと比べられ、
「カークは下手だ」とか「初期のギターソロはデイブが考えたものだ」とかよく耳にしますが、
このアルバムで聴かせるギターソロはカークが類稀なるギタリストであることを証明するものだと思います。
全編にわたってかつてないほど長いギターソロを弾きまくっていますが、
そのどれもが考え抜かれて構成されており、単にギターソロで終わらず曲の主旋律になっているんですね。
そしてドラマティックに展開する場面でのギターユニゾンでは問答無用の泣きのメロディを見せます。
それまでの作品以上にギターユニゾンが頻繁に登場し、ジェイムズとのコンビネーションが一段上のレベルに達していることが分かります。
特にお気に入りはやはり#8『TO LIVE IS TO DIE』の一度アルペジオにいってからの再度のユニゾン(6:21~)。
その直前のカークのソロも絶妙(5:56~)。
こんな美しくて物悲しいメロディやめてほしいわ。
この曲を聴くだけでもこのアルバムを聴く価値があると断言します。
『アンド・ジャスティス~』はメタリカに慣れてから聴け!
このアルバムは出会いこそ散々でしたが、この音に抵抗がなくなった時に凄いアルバムだということが分かってきました。
本人たちはこのアルバムのワールドツアーで
「複雑な曲の時の客のノリが悪いぞ」
ということに気づき、次作『ブラック・アルバム』での脱・スラッシュメタルに舵を切ることになるのですが、もうこんなアルバムは2度と作れないのではないでしょうか?
美しいメロディってのは頑張って出てくるものではないですからね。
一番マニアックな作品には思えますが、この叙情性というか、物悲しく破滅的で美しい世界観というのは、この時この瞬間だけ降りてきたんではないでしょうか?
特にこの圧巻の構成力、そして全編で冴え渡っているギターユニゾンでのメロディは奇跡的というか。
神が降りているようにさえ感じます。
メタリカ史上最も芸術性が高いアルバムと言っても良いのかもしれません。
はい、というわけで今回は最もプレゼンするのが難しいメタリカの『問題作』をご紹介しました。
皆さん、もうCDではなく、ストリーミング配信の時代です。
「ハズレだったら嫌だし」とか気にする時代ではないのです。
かつて手を出すのに忍ばれた作品であればこそ、今が『聴き時』ですよ!